yukitaの想い出日誌 『らき☆すた』から『CLANNAD』へ。(『kanon』の事も少々。)
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『らき☆すた』から『CLANNAD』へ。(『kanon』の事も少々。)

当初、「『らき☆すた』を振り返って」と言う表題で書いていたのですが、既に2ヶ月が過ぎたので、全面改訂しました。

実際は、『らき☆すた』のお陰で、『CLANNAD』を楽しく観る事が出来ますと言う内容なので、本来語りたかった事と大差ありません。

以降の文は、『らき☆すた』への感謝と、『CLANNAD』への思い入れ等を、訥々と書き綴った物です。

考察めいた事は、一切書いていません。本当に、独白に近い代物です。
『それでも読んでみよう』と思われる方は、続きをお読み下さい。
もし『らき☆すた』を観ていなかったら、僕は『CLANNAD』を観ていなかったかも知れません。

『らき☆すた』22話の感想でも書きましたが、僕は昨年、父を亡くして以来、泣く事を極端に我慢する性格になってしまいました。
以来、物語で感動する事はあっても、泣く事は決してありませんでした。

『kanon』(京アニ版)が始まった時、僕は、すごく塞ぎ込んでいる時でした。
それでも、思い入れのある作品だったので、毎週楽しみにしていました。

同時に、『他の人は、kanonをどう言う風に楽しんでいるのだろう?』と思いネットで調べ、色んなブログを読みました。

そして18話を観た後、なしおさんの所で『栞EDかも?』みたいな事をコメントさせて頂きました。
当初は、栞と祐一の噴水のシーンが、『原作の栞ED』に繋がるシーンだったので、単に『栞が元気になって、祐一と再会出来る』位の意味合いしかありませんでした。
(ちなみに、原作の『栞ルート』を忠実に再現した場合、あのシーンは、もっと切ないです。そして栞が元気になって、祐一と再会するシーンは、より感動的です。※『栞シナリオ』にだけ注目した場合。)
でも話が進む内に、原作をやり直した事もあり、『栞EDを起点としたハッピーED』にした方が、全員が幸せになると思う様になりました。
(栞・名雪・あゆの3人が、全員幸せになる可能性が一番高いのが、栞ED。)

そして、22話で名雪が「私、一人ぼっちになっちゃうよ…。」と言ったシーンを観た時は、胸が張り裂ける程、辛くなりました。
名雪が自分を責めていたのは、僕も『通った道』なので、痛い程よく解ります。だからこそ、必死で涙を堪えていました。
もし、あの時泣いていたら、僕はその日は何も出来ずに過ごしていたでしょう。
僕が最終回を観るまで思っていた事は、『どうか、全員が幸せになって欲しい』の一念でした。
(なしおさんの所で、最終回の展開予想(夢想というか、妄想っぽい)を書かせて頂いた時は、本当に楽しかったです。その節は、お世話になりました。今後とも、宜しくお願いします。)

そして、最終回を観た時、すごく『温かいもの』が感じられて、感動しました。
でも、泣けなかった事を寂しく思いました。
――そして、『らき☆すた』です。

原作は知らなかったけど面白くて、それがキッカケでブログを始めて、色々あったけど、毎週楽しみにしていました。
『らき☆すた』の後は『CLANNAD』だと解っていたので、原作をしようと思いましたが、ドラマCDが発売される事が判明したので『それでいいや』と思い、全5巻を聴く事にしました。
――今思えば、それが失敗でした。

それ以前に、ビジュアルファンブックを読んだ事があるのですが、アレは原作を知らないと楽しめない物が圧倒的に多く、軽く流し読みした後に、放置しています。
その中に『幻想世界』と言う文章があったのですが、何の事かさっぱりで、3行程で読むのを断念しました。
今にして思えば、アレは『何も生まれない世界』の事を書いているのだと解りますが、今はアニメを観ているし原作も進めているので(とはいえ、もう一月程やっていません)、『ネタばれ』になるので読んでいません。
――話を、元に戻します。

ドラマCDは一言で表すと、『一見様、お断り』です。
原作をやっていないと、登場人物の関連性が、全く解りません。
それでも、想像力を働かせて聴いてみました。

渚編は、雰囲気は掴めました。詳しくはネタばれになるので書けませんが、ほぼ全員集合で楽しめました。
それ以降が、問題でした。

ことみ編を聴いた時、『2年前(父が存命中)なら、泣いていただろうなぁ』と思いました。
感動的な話だと言う事は感じられたのですが、昔なら泣いていたであろうシーンで、僕は冷静でした。
――寧ろ、冷めていたのかも知れません。それ以上に、自分の心が、冷え切ってしまっている様に感じ、ものすごく落ち込みました。
それ以降は、ドラマCDを聴くのが苦痛になる程で、風子編に至っては何も覚えていません。
杏・椋編と智代編は、『確認作業』という感じでした。
この頃は本当に落ち込んでいて、もう『CLANNAD』が始まっても、観ない方が良いと考える程でした。

話自体は、それぞれ面白かったし、感情移入もそれなりに出来たのですが、『もう、どうでもいいや』と思いながら聴いていたので、没入は出来ませんでした。
こんな事なら、PS2版の発売日に原作をやっておけば良かったと思いました。
――そして、『らき☆すた』の22話が放送されました。

始めの方は『いつも通り』の展開で、後半の始めに、焼き芋と体重の狭間で揺れるかがみが、可愛く思えたりしたのも、『いつもの事』でした。
このまま普通に面白く本編が終わり、『らっきー☆ちゃんねる』が始まるんだろうと思っていました。
でも、かなた・そうじろうの『想い出』のシーン(原作での表題:『そこにある彼方』)を観た時、何とも言えない気持ちになりました。

口では言い表せない程の感動があって、でも泣けなくて。(それが、寂しかった。)
3度目の視聴で、ほんの少し涙が出ました。
そして原作の5巻を入手後、『ここにある彼方』を読んだ時、涙が零れました。
――ようやく、自分の感情が元に戻りつつある事を実感しました。
そして数日後、『CLANNAD』のドラマCD(ことみ編)を再度、聴いてみました。

食器を洗ったり台所を片付けながら、ヘッドホンを付けて聴いていました。
物語が佳境を迎え、一番盛り上がった所で(ネタばれ反転:ことみが、両親からの手紙を読むシーン)思わず感極まって、その場で蹲ってしまいました。

ボロボロと涙が零れて、胸が熱くなって。
その感情が何処から来るのか、全く説明出来ません。
でも…その感情が、自分の心の中にずっと変わらず、息づいていた事を思い出しました。

(この文は、少しだけ『CLANNAD』のネタばれになるかも知れません。)
『形が変わっても、変わらないモノ』が自分の中にある事を、改めて感じました。
そして…自分が今、幸せである事に気付きました。

僕の感情が全て、完全に元に戻ったのかは、まだ解りません。
でも、『らき☆すた』22話を観たお陰で僕は、感情に蓋をする事は少なくなりました。
――嬉しい時に笑い、悲しい時に泣ける様になりました。

もし『らき☆すた』を観ていなかったら、僕はまだ立ち直れてなかったかも知れません。
少なくとも、『CLANNAD』を楽しむ事は、充分には出来なかったと思います。
きっと皆が感動している中、一人で斜(はす)に構えた様な感情を、抱いていた事でしょう。
そして自己嫌悪の中、視聴を止めていたと思います。

だから今更ですが、僕は『らき☆すた』に、ありがとうと言いたいです。
そして、この作品に携わった全ての方に、感謝いたします。

『CLANNAD』は風子編が、(関西では)そろそろ佳境です。きっと、素晴らしい展開になると確信しています。
そして、今後の展開を楽しみにしつつ、朋也達の人生に幸多からん事を祈ります。

――では、今回はこの辺で。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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